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*原作から65年以上経った話です。CP要素無し。百年後、僕らはもう此処には居ない。
『薔薇の名前』
『何処かで生きているであろう君たちへ捧ぐ』
哲学書、文学評論で名を馳せた大家、海藤優の死は新聞やニュースで報じられた。八十を超えた大往生であった。
遺稿は完結しており、妻により編集に回され、「遺作」として出版されることとなった。
「デビュー当時は随分辛口だと謂われました。まぁ、それが売りでしたね、屹度。
高校生で、当時は思い上がっていましたから。それも十七位の時にですか…あの時、作風は変わったと思いますよ。
どうしてもね、勝てない奴が居たんです。
まあ、敵にも思われて居なかったかもしれません。ですが、其れなりに、色々な事を語り合った。僕がね、五十手先を読んでいると、そいつは百手先を読んでいて、さらにどうしたらこうなるだとか、相手の反応とその後まで考えているような奴でしたね。…今でも敵わないな」
海藤の生前のインタビューはワイドショウや公共放送、書店の販促として流れた。
白い手が、シンプルながら美しい緋色の装丁の本を取り、レジカウンターへ持って行った。
『薔薇の名前』海藤優
「こちら、カバーはお掛け致しますか」
「いいえ、結構です。このままで」
ネットでのダウンロードが主流になっても、「本」という形態で所有する形は廃れず、書店の数こそ減ったものの、これからも続いていくだろう。
本の装丁は、緋色のヨーロピアンなクラシカルな縁取りに、深い赤の薔薇、深い緑の葉。
生前、「批評家」で知られた海藤優らしくない、凝った装丁だ。
「高校生で、僕は多分挫折を味わったんでしょうね。でも、こいつが不思議と悔しく無い。
その頃からですかね、数字ですとか、外交ですとか、この世にはすっぱりと割り切れるものは多々存在しますが、感情も、そうかもしれないですね或る程度は。
僕はよく「評論家」と評されるのですが、そんな評論家が謂うには似つかわしくない言葉かもしれないですけれどね、
『この世には、評論出来ない事象が沢山ある』
そう思うんですよ。
決して「オカルト」に傾倒している訳ではなく。ああ、ニュートンも万有引力を発見した際にオカルトと批判されたんですから、「目で見たり触れて感じたりすることのできないこと」を含んでいて理論体系に出来ないことがあるというのは、オカルトなのかも知れませんねえ」
老成した口調でしっかりと、ゆったりと話す海藤のインタビューが本屋の小さな液晶から流れていた。
「ありがとうございましたー」
自動ドアが開いて、外のノイズでインタビューが少し掻き消された。
「今はね、僕らしくないかもしれないが、所謂「フィクション」を書いているんですよ。
「存在の肯定」というのは人間の永遠のテーマかもしれませんが、それにかつて小泉八雲、ラフカディオ・ハーンが書いたような民俗学的なものを足してね。
海藤らしくなさを楽しんでいただければ良いと思います。それも全ては僕ですから、「らしくない」とは何かとも思いますが。
そうだな、ごく一部の人は案外「海藤らしい」と謂うかもしれませんね」
作家海藤優の葬儀には、老若男女多数のファンが詰めかけ、テレビ中継もされた。
「あら…?」
「どうしたんだい、麻耶」
「ええ、今、テレビに懐かしい顔が映った気がしたのだけれど。少年なのよ、誰かに似ていたのかしらね」
「一般で弔問に行った芸能人が偶々映り込んだのかも知れないよ」
「私、この人の本は難しくて読んでいないけれど、最後の本だけはとても好きだわ」
「君は若いころから妖怪だとか未知のものだとかが好きだったじゃないか」
哲学、文学批評の大家として名を馳せた海藤優の遺作となった『薔薇の名前』は、幻想小説という彼の新境地である。一説には、彼が見た幻覚だとも云われている。自伝にも似た口調で綴られる或る妖怪たちとの話、手紙を読むような感覚の作品は新鮮であり、この一作が最後となってしまったことが惜しまれる。
海風が頬を撫でていく。
再開発の波に乗り損なったこの地域は、海水こそ澄んですら居ないが、海水浴もできず、人気も無い。
ゴミが打ちあがった砂の上のテトラポットの上、三人の影があった。
「五十年ぶりぐらいにココ来たなー、おーおー紫外線すっげぇ。オゾンよく頑張ってるわーって思うわ」
短髪を整髪料で上げた少年が『なつかしおもちゃ』と描かれたパッケージの花火に火を点けて飛ばした。
「ちょうなつかしー!ロケット花火!!」
「わ、こっちへ向けないでよ」
ロケット花火は真っ直ぐに海へ飛んで行って落ちた。
ロケットは決して手が届かないわけでは無い乗り物となった。
「さっきからお前は何を読んでいるんだ」
髪を尖らせた小柄な黒ずくめの少年が、長い髪をした中性的な風貌の少年の手許を覗き込んだ。
ぱたり、と少年は本を閉じて、美しい顔で薄く笑った。
「俺達のことが書いてある本だよ」
花火をしていた少年が本を覗き込んだ。
「バラってお前のことじゃん」
本を読んでいた少年はニコリと笑いかけた。
「この装丁は、生前から海藤が指定していたのだって。
葉がついた薔薇で、って」
「やっぱりお前のことじゃねーか」
「葉がついた薔薇はね、「頑張れ」っていう意味があるんだよ」
「くだらん」
黒い少年が遠く海に向かって石を投げた。
「ねぇ、これも投げてよ。花首だけならここからでも届くだろう」
長い髪の少年が白い花を取り出した。
「あ、これ超昔に教科書で見たことあんぞ」
髪を上げた少年がロケット花火を捨てながら謂う。
「水芭蕉、…今は、絶滅寸前みたいだけれどね。もう、したのかな…?」
「お前のことだから、この花にも意味があるんだろう」
長い髪の少年は、春も始まらぬというのに強く照り付ける光の空を見上げた。
「二人とも、この本を読んでみたらいいよ、手紙を貰ったような気分になった。なんだかね、とても嬉しいよ」
「なぁ、そんな珍しい花なら投げないでちゃんと海に流した方が良くねえか」
短髪の快活な少年が提案し、砂浜を海の間際まで歩く。
波に乗せるように水芭蕉を三本。白い花は波の奥に飲まれてあっさり消えて行った。
「ご冥福をお祈り致します」
パンパンと短髪の少年が海に向かって祈る。
「手は鳴らしちゃだめなんだよ」
「結局あの花の意味は何だったんだ」
長い髪の少年は、海風を受けながら笑った。
「秘密」
『何処かで生きているであろう君たちへ捧ぐ』
「僕は百年残る言葉を紡ぐ事が出来るだろうか。
一世紀経たねば届かぬ事もあると思うのだ。世紀を経ても忘れぬ言葉を僕は君たちに残したいと探し続けた、悔いは無い。
僕は長い長い手紙を君たちを忘れじと書き続けた。どうやらこの世は天国も地獄も地続きのようだ。それならまた、擦れ違う事もあるのではないかと思う。
ひたすらに言葉を探し続けて日々を過ごしたことを光栄に思う。
薔薇の名前に寄せて 海藤優」
薔薇:学名Rosa。ケルト語のrhod(赤)が語源だという説があり、古来より愛されてきた植物である。花言葉は「秘密」。
水芭蕉:学名Lysichitum camtschatcense、花期は春~初夏。日本の複数の都道府県で、絶滅危惧種の野生生物の指定を受けている。花言葉は「美しい思い出」
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